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イヌに教え、教えられ 第2回 伝えるために気持ちを出す

イヌに教え、教えられ

第2回 伝えるために気持ちを出す。

    


犬の仕事に関わる前、僕は引きこもっていたことがある。
きっかけは病気だったが、今考えると仕事ができない程ではなく、実際はやらなかったのである。もう一度再スタートする勇気があればよかったが、一歩が出ない日が続き、長くなれば長くなるほど一歩が重くなっていった。
寝る、食べる、考え事をする、寝る・・それを繰り返す毎日。
実家暮らしをしていたので、正直仕事をしなくても生活はできた。そのことに甘えて、家から出ることも減り、人と会う、コミュニケーションを取ることが苦手になり、話すのは家族ぐらいという塞ぎ込みがちな生活になった。
このままではマズイという気持ちと焦りはあっても、それを家族にぶつけるだけという日が続いていた。
 
抜け出すきっかけが「犬」だった。
 
ある日、近所の公園で段ボールに入った子犬を見つけた僕は、抱っこして連れ帰り、初めて犬を飼うことになった。特に犬が好きなわけでも接点があったわけでもない、自分がなぜその時犬を連れ帰ったのか今も分からない。
ほとんど外に出なかった僕が、犬の散歩なら外にでて、犬のことを家族と話すようになり、犬を散歩している飼い主同士なら挨拶もするようになった。
病気が落ち着いた頃、犬を訓練する仕事があることを知った。初めて飼った犬の躾はうまくいったとは言えず、僕を咬んだり、吠え続けたり、散歩で強く引っ張ることがあった。どうにかできないものかと考えたのがきっかけで訓練士専門学校に通うことになり、そのときは考えずに1歩踏み出すことができた。
 
躾や訓練は、犬がうまくできたときにオヤツやオモチャなど、その犬が好きなご褒美をあげることも必要だが、それ以上に自分の気持ちを表に出して、声と態度でしっかり褒めなければ犬には伝わらない。
オヤツやオモチャに頼りすぎると、それが無いときは言うことを聞いてくれないようになることがある。
気持ちを出して伝えるということが苦手になっていた僕は、そのことを逆に犬から教えてもらった。
 
そしていつしか、犬の躾を飼い主さんに伝える仕事をしたくなった。
犬に教えることができれば、飼い主さんに伝えることもできるだろうと安易に考えていたが、そう甘くなく。人に伝えることは、とても難しいことだと改めて気付かされた。
犬に対し、自分の気持ちを出すように、飼い主さんにも気持ちを表に出し、自分から一歩踏み込まないと伝わらない。犬に気持ちを出すことが、人に伝える練習になる。
犬に教えていたつもりが、教えられていたんだなと思った。
 
今、僕が子供に訓練方法を教え、子供達自身が保護犬を訓練して、新しい里親家族を見つける活動に関わっている。
子供達の中には、「自らコミュニケーションを取ること」 「やりとりをすること」 「気持ちを伝えること」 が苦手な子もいる。
子供達に何かを伝えるには、僕自身から率先して気持ちを出して、踏み込まないといけない。
最初は犬がうまくできたときに言葉が出ず、オヤツに頼ることが多かった子供達。それが、今では言葉で褒め、表情で褒め、体全体で褒めることが出来るようになってきているのを見ると、犬の変化以上に感じる子供達の変化に驚き、自分を重ねる。
 
子供は犬に人と一緒に暮らすマナーを教え(訓練)、犬は子供に気持ちを出すことを教えてくれる。僕は子供に訓練のやり方を教え、子供は僕に気持ちを出すこと、もう一歩踏み込んでみること、伝えることの難しさと楽しさを教えてくれる。
 
犬に教えることは、実はこちらも教えてもらっているのだ。


子供達が犬をトレーニングし、披露している様子

イヌに教え、教えられ
第1回 犬は今を生きる。

イヌに教え、教えられ 第3回
生きるために、必要な物は多くない。

里見 潤

里見 潤

投稿者の記事一覧

(さとみ じゅん)

ドッグコーチ

1975年、横浜市生まれ。2004年、警察犬訓練校に入学、出張トレーニング会社を経て、保護活動団体「Dog shelter」の専属スタッフとして、保護犬のトレーニング、一時預かり家庭と里親家庭の間に入り、アフターフォローを担当する。
2012年7月より独立。出張、及び預託トレーニングを柱に活動する傍ら、保護犬の一時預かりを継続中。
 
日本警察犬協会公認訓練士
ジャパンケネルクラブ公認訓練士
東京都動物愛護推進員

 保護犬預かりを主に、トレーニングのことを書いている里見潤さんのブログ
 「イヌと歩けば。」http://setahachidog.blog.fc2.com

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