はじめに
犬の自己免疫疾患は、免疫システムが正常な自己組織を異物とみなして攻撃することで発症します。
症状は皮膚、血液、関節、神経、眼、内臓など、身体のあらゆる部分に現れうるため診断が難しい疾患群です。
ここでは、主な自己免疫疾患について、具体的な診断方法とともに詳細に解説します。
1. 皮膚系の自己免疫疾患
① 円板状エリテマトーデス(DLE)
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症状:鼻梁や顔に脱色、紅斑、かさぶた。紫外線で悪化。
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診断:
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皮膚バイオプシー(組織検査)で表皮の変性とリンパ球浸潤を確認
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ANA(抗核抗体)検査:陰性または軽度陽性
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治療:
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トピカルステロイド(ヒドロコルチゾン、タクロリムス)
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日光対策、ビタミンE補助
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② 全身性エリテマトーデス(SLE)
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症状:関節炎、皮膚病変、腎障害、貧血、発熱など全身性
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診断:
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7項目中4項目以上の臨床症状(SLE診断基準)
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ANA検査:高値陽性
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Coombs試験(免疫性貧血の確認)
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尿検査(タンパク尿)、腎バイオプシー
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治療:
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ステロイド(プレドニゾロン)
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アザチオプリン、ミコフェノール酸(免疫抑制)
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低蛋白食、腎保護療法
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③ 天疱瘡群(Pemphigus)
天疱瘡葉状型
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症状:顔・耳・爪周辺の膿疱、かさぶた、皮膚剥離
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診断:
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皮膚バイオプシー:表皮細胞のアカントリシス
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免疫蛍光染色(表皮内IgG沈着の確認)
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治療:
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ステロイド(高用量)
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シクロスポリンやアザチオプリン
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2. 血液系の自己免疫疾患
① 免疫介在性溶血性貧血(IMHA)
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症状:元気消失、黄疸、貧血、呼吸促迫
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診断:
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血液塗抹検査:球状赤血球、凝集
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Coombs試験:陽性
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CBC(赤血球数、網赤血球増加)
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超音波:脾腫の確認
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治療:
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ステロイド+シクロスポリンまたはアザチオプリン
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輸血、酸素療法
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② 免疫介在性血小板減少症(ITP)
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症状:点状出血、鼻血、血便、歯茎出血
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診断:
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CBC:血小板数低下(5万/μL以下)
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骨髄検査(巨核球増加)
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血小板抗体検査(必要に応じて)
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治療:
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ステロイド(高用量)
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IVIG(免疫グロブリン静注)※重症例
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3. 関節・筋肉の自己免疫疾患
① 免疫介在性多発性関節炎(IMPA)
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症状:多関節の腫れ・跛行・発熱・食欲不振
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診断:
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関節液検査:多核白血球の増加(非化膿性炎症)
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関節レントゲン:骨破壊の有無
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ANA検査、抗CCP抗体検査(補助)
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治療:
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ステロイド+アザチオプリン
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低用量での長期維持が必要
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② 多発性筋炎
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症状:筋力低下、嚥下困難、頭の振るえ、歩行困難
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診断:
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血液検査:CK(クレアチンキナーゼ)高値
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筋電図、筋生検:筋繊維の壊死・再生
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治療:
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ステロイド単独または免疫抑制剤併用
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4. 神経系の自己免疫疾患
重症筋無力症(Myasthenia Gravis)
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症状:運動後の脱力、メガエソファガス(巨大食道)、誤嚥性肺炎
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診断:
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抗アセチルコリン受容体抗体検査(特異度が高い)
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テンシロンテスト(エドロホニウム注射)
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バリウム造影(メガエソファガス確認)
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治療:
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ピリドスチグミン(抗コリンエステラーゼ薬)
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食事姿勢管理(垂直給餌)、肺炎予防
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5. その他の自己免疫疾患
① ぶどう膜皮膚症候群(Uveodermatologic Syndrome)
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症状:皮膚の脱色、白斑、ぶどう膜炎、視力低下
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診断:
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眼科検査:スリットランプ、眼底検査
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皮膚バイオプシー:メラノサイト破壊所見
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治療:
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ステロイド(全身+点眼)
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免疫抑制剤(重症例)
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② 免疫介在性糸球体腎炎
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症状:多飲多尿、蛋白尿、体重減少
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診断:
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尿検査:UPC比高値、タンパク尿
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腎バイオプシー(診断確定)
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治療:
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ACE阻害薬(エナラプリル)
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ステロイド(慎重に)
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腎臓用療法食
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③ 乾性角結膜炎(KCS)
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症状:目やに、充血、角膜混濁
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診断:
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シルマーティア試験:涙液量の低下(15mm/min未満)
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治療:
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シクロスポリン点眼薬(オプティミューン)
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人工涙液、ヒアルロン酸点眼
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④ 自己免疫性甲状腺炎(甲状腺機能低下症)
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症状:無気力、体重増加、脱毛、寒がり
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診断:
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T4(総サイロキシン)、fT4(遊離サイロキシン)低値
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TSH(甲状腺刺激ホルモン)高値
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抗サイログロブリン抗体の確認
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治療:
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L-チロキシン(甲状腺ホルモン)投与
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生涯にわたる管理が必要
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🩺 総まとめ
疾患 | 主な診断方法 | 代表的治療薬 |
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DLE | 皮膚生検 | ステロイド外用 |
SLE | ANA検査+症状評価 | ステロイド+免疫抑制剤 |
IMHA | Coombs試験、CBC | ステロイド、輸血 |
ITP | CBC、骨髄検査 | ステロイド、IVIG |
IMPA | 関節液検査 | ステロイド |
MG | 抗体検査、テンシロン | ピリドスチグミン |
KCS | シルマーティア試験 | シクロスポリン点眼 |
甲状腺炎 | T4/TSH検査 | L-チロキシン |
おわりに
自己免疫疾患は複雑で、正確な診断と継続的な管理がカギです。
私自身、愛犬の異変に気付いてから自己免疫疾患である診断に至るまで、様々な検査と薬を服用してからと時間を要しました。
早期発見・早期治療が予後を大きく左右するため、気になる症状があればすぐに動物病院での診察を受けることが大切です。