乗馬インストラクターがお伝えする馬のお話。
今回は、暑さと心拍数から見る、馬の熱中症リスクとケアの話です。
乗馬愛好者の方なら馬は暑さに弱いとご存じだと思いますが、乗馬に親しみがない方だと、「馬って、暑さに強いんじゃないの?」そんなふうに思う人も少なくありません。
草原を駆ける姿、炎天下の競技会、じっと我慢強く立っている様子。確かに、馬はとてもタフに見えます。でも、実は馬にとって「夏」は命に関わるほどのストレスを抱える季節です。
今回は、乗馬インストラクターとして、日々馬と過ごす立場から、馬の熱中症のリスクと、心拍数を通じて見えてくる“サイン”についてお話しします。
馬は、人と同じように汗をかいて体温を調整する動物です。
犬はパンティング(口を開けてハッハッと呼吸する)で、猫は主に行動で涼をとろうとしますが、馬は全身からしっかり汗をかきます。
実は、馬の汗には独特の泡立ちが見られることがあり、首や腹のあたりが白く泡立って見えることも。これは「ラセリン」というたんぱく質が含まれているためで、馬特有の生理反応の一つです。ただしこの「汗をかける能力」が、時に裏目に出ることも。たくさん汗をかく=たくさん水分と電解質を失いやすいということ。うまく補給できなければ、あっという間に体内のバランスが崩れてしまいます。
暑い日に“元気そうに見える”馬こそ、注意。
馬の熱中症は、人間のように「倒れる」前にサインが出ます。
でもそのサインは、とてもわかりにくい。むしろ元気そうに見えるのが怖いんです。
たとえば、
・心拍数が安静時の2倍以上に上がったまま戻らない
・全身が熱く、皮膚が乾いている(発汗が止まっている)
・頭を低くして、ボーッと立っている
・目に力がない、呼吸が浅く速い
など、気づいたときにはかなり深刻なケースもあります。
ちなみに馬の安静時の心拍数は約28〜40拍/分ほど。運動後すぐは上がりますが、10分経っても戻らないようなら「ちょっと様子がおかしいかも?」という目安にすると良いでしょう。
大切なのは“戻る力”を見てあげること
熱中症のリスクは、気温そのものよりも「体温が上がりすぎた後に、どれだけ早く回復できるか」にあります。
馬も人間と同じで、心拍数の戻り具合は体調を判断するうえでとても大きな指標。たとえば、10分以内に心拍がぐっと下がる馬は、かなり回復力の高い個体です。
逆に、「馬房に戻っても、ずっと呼吸が荒い」「汗が止まらない、あるいはまったく出ていない」ときは、できるだけ早く冷却・水分補給・電解質の補助を。
馬にしてあげられる、夏の“守りかた”
暑い季節、馬にとってありがたいケアはたくさんあります。
- 涼しい時間帯に運動する(朝か夕方)
- 運動前後の心拍チェックと十分なクールダウン
- 水と塩分の補給(必要に応じてサプリや電解質を)
- 馬房の風通しや直射日光の遮断(扇風機・ミストも◎)
- 体表のクーリング:水で洗う、拭く、冷却シートなど
そして何よりも、「今日のこの子はどうか?」と個別に観察する目が欠かせません。
馬はがまん強い。だからこそ、気づいてあげたい
馬って、具合が悪くてもじっと我慢してしまう動物なんです。だから私たち人間が「大丈夫かな?」と気にかけて観察することが、本当に大事な命綱になります。
「いつもより呼吸が早いかも?」
「さっきよりも、立ち方がだるそう?」
そんな小さな気づきをスルーせずに、耳を傾けてあげてください。
それはきっと、犬や猫にも共通する“命へのまなざし”だと思います。
夏、馬は涼しい顔で立っていても、身体の中では限界ギリギリの戦いをしていることがあります。
心拍数や発汗は、馬が出す「小さなSOS」。それに気づいて、寄り添える人でありたいと、私自身いつも思います。
命を預かるということは、優しさだけでなく、知識と観察力が必要なんだと教えてくれるのが、夏の馬たちです。