乗馬インストラクターがお伝えする馬のお話。
今回は馬の歯ぎしりや舌をぺろっと出す仕草についてのお話です。
馬のそばにいると、ときどき見かける仕草があります。
キリッと立ってるのに、突然「ギリ…ギリ…」と小さく歯ぎしりのような音をたてたり、
静かにしていると思ったら「ぺろっ」と舌を出して、また口の中に戻したり。
どちらも、一見すると「癖?かわいいな」と思ってしまう動きですが、
実はこの“歯ぎしり”や“舌ぺろ”には、馬の気持ちや身体の状態があらわれていることがあるんです。

■ 歯ぎしり=ストレス?それとも集中?
馬の歯ぎしりには、いくつかの意味があります。
一番よく言われるのが、「不快」や「ストレス」のサイン。
特に、鞍をつけるときや、騎乗前後、初めての環境に入ったときなど、
少し緊張している場面でギリ…とやることが多いです。
ただし一方で、「歯ぎしり=常に悪いわけではない」とも言われています。
たとえば、競技や調教で集中している最中にもギリ…と鳴らす馬がいます。
これは“集中と緊張のはざま”にあるときのクセのような動きともとらえられていて、
真剣な場面で「よし、がんばるぞ」と気持ちを切り替えている証にもなることがあるんですね。
■ 歯ぎしりは“音”でわかるサイン
人間のように「キリキリキリ…」という音ではなく、
馬の場合は「ギリ…ゴリ…」と、ちょっと低くてくぐもった音がします。
静かな馬房や、乗馬クラブの片隅で聞くと、「あれ?なんの音?」と耳を傾けたくなるくらい。
でもその音は、馬の心の中の“ちょっとした揺れ”を表していると思って見てみると、
だんだんと、その馬の表情やしぐさまで見えてくるようになるんです。
■ 舌ぺろ=リラックス?それとも…
一方で、馬がときどき見せる「舌ぺろ」や「舌を出してくちゃくちゃする動き」。
これも、かわいいしぐさのように見えますが、いくつかの意味があります。
- リラックスしているとき(満腹・眠気・解放感)
- ハミの違和感を調整しようとしているとき
- 騎乗後など、ストレスからの回復行動として
特に「ぺろっと舌を出して、口の横から垂らしたままにする子」や 「口の中でくちゃくちゃと動かす子」もいて、 これはストレスの発散行動(転移行動)として捉えられることもあります。
馬の行動学では、こうした舌の動きを「チューイングサイン(chewing sign)」と呼ぶこともあります。これはストレスや緊張がやわらいだとき、あるいは納得したときに見せる“安心のサイン”とされていて、 トレーニングや人との関わりの中で「わかったよ」「もう大丈夫だよ」の馬からの合図といえます。
■ かわいいだけじゃない、「気づいて」のサイン
歯ぎしりも舌ぺろも、 実はどちらも「気づいてもらいたい」サインであることが少なくありません。
- 鞍がきつい、背中が張ってる
- ハミの形が合ってない
- 馬房が落ち着かない
- ちょっと疲れてる…
言葉では伝えられない代わりに、口元というわかりやすい場所でサインを出してくれている。
そう考えると、かわいい癖として流す前に「もしかして…」と立ち止まって観察してみたくなりますよね。
■ 犬や猫にも似たようなサインがある
動物好きな方ならご存知かもしれませんが、 犬や猫にも“口まわりの動き”がサインになることがあります。
- 犬がペロッと舌を出す → 緊張や不安のサイン(カーミングシグナル)
- 猫がくちゃくちゃ舐める → ストレス緩和やグルーミングの延長
つまり、馬も同じように“口まわりで感情を表現している”のかもしれません。
「わんちゃんがペロッとしてるな、と思ったら不安だった」
それと同じように、「馬がぺろっとしてるな、と思ったら…」
ちょっとだけ気にかけてあげると、その子との距離がぐっと縮まるかもしれません。
馬の“口元のサイン”って、つい見逃してしまいがちだけど、実はものすごく多くのことを教えてくれている場所なんです。
ギリ…と歯ぎしりしてる音が聞こえたら。
ぺろっ…と舌を出しているのを見かけたら。
それはもしかすると、「今、ちょっとだけ気づいてほしいことがあるんだ」っていう馬からのメッセージかもしれません。
かわいい仕草の裏にある、小さな声に耳をすませて。
それが、馬との信頼を深める一歩になるかもしれません。






























