乗馬インストラクターがお伝えする馬のお話。
乗馬とファッション第5弾は、シャネルの乗馬服がファッションに与えた影響についてお話したいと思います。
CHANELは後に、スキーウェアなどのスポーツ服を発表しましたが、商品としてシャネルにデザインされた乗馬服というものはありません。
そのため、シャネルの乗馬スタイルというのはロワイヤリュ時代のものしかないのです。
しかし、この頃シャネルが乗馬パンツを履いたことが女性の乗馬服の歴史においてもファッションにおいても、大きく影響したと考える事ができるのです。
シャネルは女性でありながら、男物の乗馬パンツを履き、それを仕立て自分のスタイルとしました。
当然注目を浴び、非難もされました。しかし、シャネルは自己流ながら服装の大切さを信じていました。
飾り立て、男性に従属する愛人たち、職業柄、階級によって違う服装、表面の装いだけで一目瞭然となってしまう女性の在り方にシャネルは必死に抵抗していました。
シャネルの自己流、自分なりというのは当初、その抵抗感から生まれたものでした。そしてそれはシャネルの服装に対する考え方の基本になったと思われます。
シャネルの有名な言葉に
「エレガンスときやすさのどちらかを選ぶとしあら、きやすさの方を選びます」
というのがあります。
シャネルは女性が男性社会の装飾でもなく、見られる存在でも依存する存在でもなく、男性と同じように生活し、働き、考え、学ぶものであるとし、見られる事よりも着心地を重視するデザインを打ち出していきました。
乗馬パンツは商品化されていないので、シャネルが「広告」のために乗馬パンツを履いてみせたというのは考えられません。
しかし、当時注目を集めていた帽子デザイナーで合ったシャネルが、流行に敏感な貴婦人たちの前で乗馬パンツを履き、颯爽と馬に乗っていた姿は少なからず憧れの対象となったと想像できます。
現代でも有名人がしたファッションや髪型が流行するものですよね。実際にシャネルが自らをテストワーカーとし、着用したファッションは次々と流行しました。
それまで横乗りをしていた貴婦人たちは「女性が乗馬パンツを履いて馬に跨るなんて!」と最初は抵抗感が強かったと思われます。
しかし、格好よく乗馬パンツを履きこなすシャネルの姿を目の当たりにして、その抵抗感は憧れに変わり、そこに新しい美しさを見出したのです。
シャネルはこの後、女性のパンツスタイルを提案していくことになります。
抵抗感を感じれば感じるほど、シャネルは自ら率先して、海辺や別荘でパンツを履きました。
第一次世界大戦を機に女性服は簡素化され、また女性の社会進出も促されました。
この頃、パリのオートクチュールを代表するクチュリエとなったシャネルはこの時代の流行を先導しました。
シャネル最大と言われる功績は、ジャージー素材をドレスに用いた事と言われていますがそれが1916年のことです。
それまで男性下着やスポーツ服でしか使用されていなかったジャージーを用い、体を自由に活発に動かすことができるスタイルを作り出しました。その後、パジャマスタイルで一般服のパンツスタイルを初めて発表し、30年にはスキーウェアも発表しました。シャネルが身につけたものは飛ぶように売れました。シャネルのシンプルなスタイルは模倣され粗悪品も多く出回りました。しかしこの事でファッションが上流階級だけのものではなく、大衆のものとなったのでした。その頃になると、スポーツ用服を得意とする高級ブランドHERMESなどもパンツを発表し、徐々にカジュアルな街着として浸透していきました。
乗馬服は機能美の発見を促したと言えます。スポーツ時以外の女性のファッション全体に解放をもたらしたとも言えます。
乗馬服においては、それは貴族的な優雅さを表す一方で、他者に頼らないという自立した姿勢、馬を乗りこなし、屋外で活発に体を動かし汗を流す健康的な女性像を示しました。そしてその服装表現は、多くの女性たちの憧れの対象となり、20世紀ファッションが大転換するきっかけとなったのでした。
今でもシャネルのアパレルにご縁はないですが…シャネルの生き方や功績をリスペクトしています。
〈画像引用〉CHANEL 55ページ