健康・病気

猫の免疫を整える新しい道~制御性T細胞(Treg)がもたらす治療の未来

猫はとても繊細な動物で、環境の変化やストレスに敏感です。
そんな猫たちの体の中でも、免疫のバランスは常に微妙な調整を受けています。
免疫がうまく働かなくなると、感染症だけでなく、自己免疫疾患がんといった深刻な病気につながることがあります。

近年、ヒトや犬の研究に続いて、「制御性T細胞(Treg)」という免疫のブレーキ役に注目が集まっています。
この小さな細胞が、猫の病気にも新しい希望をもたらすかもしれません。

■ 猫の免疫トラブルと自己免疫疾患

猫の自己免疫疾患は、まだ犬ほど多くは報告されていませんが、いくつかの代表的な病気があります。
いずれも免疫が自分の体を攻撃してしまうことで起こります。

① 猫の慢性口内炎

最もよく知られている免疫性疾患のひとつです。
歯肉が赤く腫れ、食べると痛がる、よだれが多い、口臭が強いなどの症状が見られます。
ウイルス感染(カリシウイルスなど)や歯垢、ストレスがきっかけとなり、免疫が過剰反応を起こすと考えられています。
通常は歯の抜歯やステロイドなどで治療しますが、再発しやすく、長期の管理が必要です。

② 自己免疫性皮膚疾患(天疱瘡など)

皮膚を免疫が攻撃してしまい、水ぶくれやかさぶたができる病気です。
顔や耳の周りに出やすく、かゆみを伴うこともあります。

③ 貧血を起こす免疫疾患(IMHA)

犬と同様に、免疫が赤血球を壊してしまうタイプの貧血です。
歯ぐきが白くなったり、元気がなくなる、食欲が落ちるなどの症状が現れます。


■ がんに関わる免疫の“ブレーキ”

猫のがんでも、免疫のバランスが深く関わっています。
たとえば「リンパ腫」「乳腺がん」「口腔がん」などでは、体ががん細胞を攻撃する力(免疫力)が弱まっています。

このとき、制御性T細胞(Treg)が増えすぎていることが報告されています。
制御性T細胞は免疫を抑えるブレーキの役割を持っていますが、がん細胞はこの働きを利用して自分を守ろうとするのです。

つまり、

  • 自己免疫疾患では「制御性T細胞が少なすぎる」

  • がんでは「制御性T細胞が多すぎる」
    という、まったく逆のバランスの崩れが起きているのです。


■ 制御性T細胞を整えることで目指す「免疫の調和」

制御性T細胞は「免疫のブレーキ役」ですが、その働きを適切に整えることで、免疫を“正しい方向”に導ける可能性があります。

● 自己免疫疾患では

制御性T細胞を増やす・活性化させることで、免疫の暴走を落ち着かせることが期待されます。
ヒトでは、制御性T細胞を増やす薬や細胞療法の研究が進んでおり、猫でも今後応用が考えられています。
腸内環境を整えたり、抗酸化作用のある栄養素を摂ることが制御性T細胞を助けるといわれており、
日常的なケアでも免疫バランスを支えることができます。

● がん治療では

逆に、がんを抑えるためには制御性T細胞の働きを一時的に弱めることが有効な場合があります。
がん免疫療法(免疫チェックポイント阻害薬など)は、まさにこの考え方に基づいています。
猫ではまだ研究段階ですが、制御性T細胞の動きをうまくコントロールできれば、がんに対抗する免疫の力を取り戻すことができるかもしれません。


■ 猫の制御性T細胞研究は始まったばかり

犬に比べると、猫の制御性T細胞に関する研究はまだ少ないのが現状です。
しかし、国内外の大学や研究機関では、猫のリンパ球や免疫の仕組みを調べる研究が進んでおり、
猫にもヒトや犬と同じような制御性T細胞が存在することがわかってきています。

この基礎研究が進めば、将来的に猫のTreg療法も現実的な治療選択肢として登場する可能性があります。
とくに慢性口内炎のような、従来の治療で完治が難しい病気に対しては、大きな希望となるでしょう。


■ 飼い主さんにできる「免疫を整えるケア」

制御性T細胞を直接増やす医療はまだ先の話ですが、日常の中でも免疫バランスを保つことはできます。

  • 腸内環境を整える食事(プレバイオティクス・発酵食品)

  • ストレスを減らす環境づくり(静かで安心できる場所)

  • 定期的な健康チェックで早期発見

  • 十分な水分と清潔な口内環境を保つ(特に口内炎のある猫)

こうしたケアが、制御性T細胞の働きを支え、免疫の乱れを防ぐ小さな一歩になります。


■ まとめ

制御性T細胞(Treg)は、猫の免疫のバランスを保つうえで欠かせない存在です。
自己免疫疾患では制御性T細胞を増やして暴走を抑え、がんでは逆に制御性T細胞を減らして免疫力を高める──
その絶妙なコントロールが、未来の猫医療の鍵になると考えられています。

まだ研究の途中ではありますが、
制御性T細胞を活用した治療は、「免疫を敵ではなく味方につける」まったく新しい発想の医療です。
この小さな免疫細胞が、いつの日か、猫たちのつらい病気をやわらげる大きな力になるかもしれません。

吉川 奈美紀

吉川 奈美紀

投稿者の記事一覧

(きっかわ なみき)

ヨガ・ピラティス・空中ヨガ インストラクター
メディカルアロマアドバイザー

関連記事

  1. ゆるっとワンコ薬膳のススメ ~今、ワンコはどんな顔してる?顔で見…
  2. 狂犬病予防接種の基礎知識 第1回 狂犬病の恐ろしさ
  3. ゆるっとワンコ薬膳のススメ ~今、ワンコはどんな顔してる?顔で見…
  4. 狂犬病予防接種の基礎知識 第2回 予防と処置
  5. ペットの医療・健康 第11回 尿路結石について知ろう
  6. ゆるっとワンコ薬膳のススメ 〜夏の疲れ、残ってませんか?体力回復…
  7. 犬や猫の病気と向き合う ~ペット医療で後悔しないためのセカンドオ…
  8. フィラリア強陽性から陰性に転じるまで 「ボルバキア治療」
PAGE TOP