乗馬インストラクターがお伝えする馬のお話。
今回は馬と猫の毛繕いについてです。猫は自分の手で一生懸命毛繕いしているイメージがありますが、馬も毛繕いをします。どんな共通点と違いがあるのでしょうか?

毛づくろいの目的 ― 共通する本能
毛繕いは、動物にとって単なる清潔習慣ではありません。
まず、衛生面での役割があります。ほこりや抜け毛を取り除き、寄生虫を減らすことで健康を保ちます。
次に、仲間同士の信頼関係を深める「社会的グルーミング」の側面があります。毛を整える行為は、相手を受け入れ、安心感を与える行動でもあります。
そして、毛繕い中のリズムや温もりは、互いのストレスを軽減し、心を落ち着かせる効果があることも知られています。
馬の毛づくろい ― ミューチュアル・グルーミング

馬同士の毛繕いは「ミューチュアル・グルーミング」と呼ばれ、頸や肩のあたりをお互いの歯で掻き合うように行います。
これはただの「かゆみ取り」ではなく、皮膚にある感覚受容器や筋膜を適度に刺激することで、リラックス効果を生みます。
行動学の研究では、馬は毛繕い中に心拍数が下がることが確認されています。
これは、副交感神経が優位になり、安心した状態になっている証拠です。力加減は相手との関係性や気分によって変わり、仲の良い馬同士ほど長く、リズムも安定している傾向があります。
猫の毛づくろい ― 舌の秘密とアログルーミング
一方、猫の毛繕いには、彼ら特有の構造が活躍しています。
猫の舌には「乳頭突起」と呼ばれる角質化した後ろ向きの小さな突起が無数に並び、ブラシのように被毛を整えたり、抜け毛や汚れを絡め取ったりします。

猫同士で行う毛繕いは「アログルーミング」と呼ばれ、特に顔や頭など、自分では届きにくい部位を重点的に舐めます。
これは単なるお手入れではなく、社会的な絆を深める行動であり、互いに安心感を与える役割を持っています。
種を超えた毛づくろい
では、馬と猫が毛繕いをし合うことはあるのでしょうか。
実は、馬が猫を毛繕いする例は意外と多く報告されています。
馬は猫よりも圧倒的に大きな体を持ち、力も強いですが、相手が小動物であることを理解しているかのように、唇や鼻先を使ってそっと毛を撫でます。その力加減は、まるで仔馬に接するときのように優しいものです。
猫の方も、馬の大きな頭やにおいに慣れている場合、背中を預けたり、喉を鳴らして受け入れることがあります。
猫が馬を舐め返すことは稀ですが、特に顔周りの毛を軽く舐める姿が観察されることもあるそうです。これらのやりとりは、単に毛を整えるだけでなく、においや温もりを共有し、種を超えて「安心できる仲間」と認識し合う行動と言えます。
毛繕いは、外見を整えるためだけの行動ではありません。
それは「あなたを受け入れています」という無言のサインであり、種や言葉の壁を超えたコミュニケーションでもあります。馬と猫が交わす静かな毛繕いの時間には、互いを思いやる優しい関係が息づいているのです。
次に牧場や乗馬クラブで馬と猫が寄り添う姿を見かけたら、その瞬間に流れる見えない絆を、ぜひ感じ取ってみてください。





























