乗馬インストラクターがお伝えする馬のお話、今回は馬は人のご機嫌がわかるかどうかというお話です。
犬や猫と暮らしていると、「この子、今の私の気持ちに気づいているのかな」と感じることがありますよね。落ち込んでいるとそばに来てくれたり、イライラしていると少し距離を取ったり。言葉を話さなくても、人の空気を感じ取っているように見える瞬間がありますよ。
実は、馬と関わっていても同じようなことがあります。馬は、人の機嫌や感情をとてもよく感じ取る動物です。
もちろん、「今日はこの人、仕事で疲れているな」と言葉で理解しているわけではありません。でも、人の体の緊張や呼吸、声のトーン、動きの速さなどから、今どんな状態なのかを敏感に受け取っています。
◆馬は人の“雰囲気”を見ています
馬は、もともと周囲の変化に敏感な動物です。自然の中では、危険に早く気づくことが命を守ることにつながります。そのため、音や匂い、動き、空気の変化にとてもよく反応します。人と関わるときも同じです。
人が慌てて近づいてきたとき。
声がいつもより強いとき。
手の動きが雑になっているとき。
体に力が入っているとき。
馬は、そうした小さな違いを感じ取っています。乗馬クラブでも、同じ馬が相手でも、人の状態によって反応が変わることがあります。
落ち着いている人がそばにいると、馬もゆったりする。反対に、人が焦っていると、馬もそわそわしたり、体が硬くなったりする。これは、馬が人の“雰囲気”をまるごと受け取っているからです。実際に、馬は人の顔だけを見て判断しているわけではないと感じることがあります。
最近、日焼け対策のために、帽子、フェイスカバー、サングラスという、かなり顔が見えにくい格好で馬のところへ行くことがあります。人から見れば、ほとんど誰かわからないような姿です。それでも、放牧場にいる馬が遠くからこちらを見つけて、帰ってきてくれることがあります。
顔が見えていないのに、どうしてわかるのでしょうか。
おそらく馬は、顔だけではなく、歩き方や姿勢、体の動かし方、声、匂い、その人が近づいてくるときの雰囲気など、たくさんの情報を合わせて判断しているのだと思います。
人は相手を「顔」で見分けることが多いですが、馬はもっと全身で相手を感じ取っています。
いつもの歩き方。
いつもの声。
いつもの距離の取り方。
そして、いつもの空気。
そうしたものを馬はちゃんと覚えていて、「あの人だ」と気づいてくれるのかもしれません。
◆機嫌は、身体に出ます
人は「大丈夫」と言葉では言えても、身体には本音が出ることがあります。
肩に力が入る。
呼吸が浅くなる。
歩くスピードが速くなる。
手綱を持つ手が強くなる。
声のトーンが少し低くなる。
馬は、こうした変化にとても敏感です。特に騎乗中は、人の体の状態がそのまま馬に伝わります。背中の上で人が緊張していれば、馬の背中も硬くなりやすくなります。
人の呼吸が浅くなれば、馬の動きもどこか急ぎ足になったり、落ち着きにくくなったりします。
「今日は馬がピリピリしている」と感じる日。実は、馬だけではなく、乗っている人の心や体が少し慌ただしくなっていることもあるのです。
◆馬は“鏡”のような存在
馬と関わっていると、自分の状態を映し出されるように感じることがあります。
焦っているときほど、馬が落ち着かない。
強くしようとするほど、馬が硬くなる。
うまくやろうと力むほど、思うように動かなくなる。
そんな経験をしたことがある方もいるかもしれません。これは、馬が意地悪をしているわけではありません。むしろ、こちらの状態をとても正直に返してくれているのです。だからこそ馬は、「自分を整えること」の大切さを教えてくれる存在でもあります。
馬を変えようとする前に、まず自分の呼吸を整える。
合図を強くする前に、自分の体の力みを抜いてみる。
うまくいかない理由を馬だけに探すのではなく、自分の関わり方にも目を向けてみる。
そうすることで、馬の反応がふっと変わることがあります。
◆ご機嫌でいることが大事、という意味ではありません
ここで誤解してほしくないのは、「いつも明るく元気でいなければいけない」という話ではないということです。人には、疲れている日もあります。落ち込む日も、気持ちに余裕がない日もあります。馬と関わるからといって、いつも完璧な心でいなければいけないわけではありません。
大切なのは、自分の状態に気づくことです。
「今日は少し焦っているな」
「いつもより力が入りやすいな」
「声が強くなっているかもしれない」
そう気づけるだけで、馬への関わり方は少しやさしくなります。馬は、人の感情を責めているわけではありません。ただ、感じ取って反応しているだけです。だからこちらも、自分を責めるのではなく、少し整えてから向き合う。その一呼吸が、馬にとっても大きな安心になります。
◆動物たちは、言葉以外をよく見ています
犬や猫も、人の気配をよく感じています。
落ち込んだときにそっと寄り添ってくれる犬。
こちらが忙しすぎると少し距離を取る猫。
馬も同じように、言葉以外のものをたくさん受け取っています。ただ、馬の場合は身体が大きく、人を背中に乗せる動物だからこそ、その影響がよりはっきり出ることがあります。
人の緊張が、馬の背中に伝わる。
人の焦りが、馬の歩き方に出る。
人の安心が、馬の呼吸をゆるめる。
そんなやりとりが、馬との関係の中にはあります。

◆馬と向き合うことは、自分と向き合うこと
馬は、人の機嫌をよく見ています。でもそれは、ただ「機嫌が悪い人を嫌う」という単純な話ではありません。馬は、人の状態を感じ取りながら、その場で反応しています。だからこそ、馬と向き合う時間は、自分自身の状態に気づく時間にもなります。
今日はどんな呼吸をしているか。
どんな手で触れているか。
どんな気持ちで馬の前に立っているか。
そんな小さなことに気づくほど、馬との時間は少しずつ変わっていきます。馬は、言葉で注意してくれるわけではありません。でも、その反応を通して、たくさんのことを教えてくれます。
馬は人の機嫌がわかるのか。
きっと、言葉の意味としてではなく、身体と空気で感じ取っているのだと思います。
だからこそ、馬の前に立つときは、少しだけ深呼吸してみる。
それだけで、馬との会話はもう始まっているのかもしれません。






























