石田戢

動物の見方あれこれ ~動物観とは何か~ 第1回.動物をめぐるさまざまな問い

動物の見方あれこれ
  ~動物観とは何か~

 第1回  動物をめぐるさまざまな問い

     


 日本では近年のペットブームによって多くの人が動物を飼うようになったこともあり、動物に対する考え方が変わってきています。
 今回は、現代の日本人が持つ動物観をさまざまな角度から検証し、読み解いていきます。

     動物をどのようにとらえるか~動物観とは~

 「動物観」という言葉は聞き慣れない方も多いかと思います。これは、人間が動物に対して持つ『意識』や『行動』を研究する学問分野です。人間と動物とのかかわりのなかで形成されてきた動物観は、国や地域、またその時代によっても異なります。そのため、その国の思想や文化、歴史といったものを反映しており、あらゆる学問分野からのアプローチがなされる学際的な面を持っています。

 動物観は、動物について人が考えるすべてのことを対象としており、とても幅広いものです。そして、動物観は動物に対する人の行動を規定します。その人が動物をどのようにとらえているかによって、その人の行動も変わってくるのです。自覚はしていなくても、深層心理や本人の気づかない意識にあるものが、行動に現れるのではないでしょうか。

 そこで、人の動物に対する「行動」を観察し、分析するのが動物観研究の手法です。衣食住、ペット、野生動物など、さまざまな切り口や領域で、比較・分析をしていくのです。

 なぜ人は動物園に行くのか~動物文化の理解~

 人間が動物を生活に取り込むときには、その動物をどういったカテゴリーで考えるかによって、そのかかわり方は変わってきます。ペットとしての動物なら、飼い方・しつけ方・飼育放棄・殺処分、野生動物なら、環境保護との関連、実用動物なら、動物を使役することの是非、実験動物であれば、実験のために動物の命や健康を奪うことの是非、など、さまざまな観点で分類できます。

 倫理的にみても、動物の命や行動を制限すること、奪うことについて考える必要がありますし、法的にも制度を作り上げるうえで、動物の取り扱いを決めるには、やはりその国や地域、人々の動物観によって左右されるのです。

 動物観を考えることは、私たちの身の回りの動物文化を理解することにもつながります。たとえば、動物園はなぜ人気なのか、といったことから、そもそもなぜ人は動物が好きなのか、動物をどんな対象として見ているのか、といった点を考えることにつながります。

 また、動物観は国や地域によって違っていますが、動物観には万国共通の文化が反映されているのか、また動物観の違いは文化のどのような違いから作られるのか。
このような理解を深めることは、私たちの知的好奇心を大いに満たしてくれることでしょう。

 動物をめぐるさまざまな問い~動物観の各観点~

    タロとジロのエピソード-苦痛と死

 生命の尊重というテーマは、人間に関してだけでなく、動物に関しても議題に上がるテーマです。このテーマは私たちの動物観が強く反映される問題でもあります。

 たとえば、近年ディズニーが映画をリメークしたことでも話題となった、『南極物語』。日本の第二次越冬隊が南極に15匹の樺太犬を置き去りにせざるを得なくなったなかで、二頭の「タロ」と「ジロ」が一冬を生き延びたエピソードを描いた物語です。

 この物語に対する見方は2通りあります。「生き残ったことは快挙だ、すごい」という、タロとジロを英雄視する見方と、「置き去りにするくらいなら、安楽死させる方がよかったのでは」という、越冬隊を批判する見方です。日本では前者が圧倒的に多いのですが、欧米や、日本人でも海外生活が長かった人では、後者の意見が多数派です。 >

 日本では安楽死に反対意見が根強いことからもわかるように、「殺すこと」に抵抗感が強くあります。そのため動物を殺さなかった行為が奨励されます。一方、欧米は死より苦痛を与え続けることの方が罪、と考える文化。そのため、動物を厳しい環境の中で生き抜かせた行為に対して批判的なのです。

 

    身体の「加工」に対するタブー-品種改良

 日本人は「身体に改造を加えること」をタブーとする傾向があります。今でこそ、去勢や避妊手術、動物実験など動物に手を加えることは「仕方ない」とみる傾向にありますが、明治に入るまで日本では去勢・避妊などの概念はなかったのです。日本の在来犬の意図的な品種改良についてもそうですし、家畜に対してもほとんど行われてきませんでした。

    動物を食べることは許されるか-動物食をめぐる日本人の動物観

 今では肉を食することは当たり前となっていますが、かつての日本では肉食は嫌われていました。その背景には諸説ありますが、仏教・神道思想が何らかの形で影響して、農業中心の社会へと発展していったことが肉食に対するタブー傾向を生み、殺生禁断令の制定につながったといえるでしょう。

 長く続いたこの殺生禁断令も明治維新による西欧文化の流入により廃止され、その後政府は一転して食肉を奨励するようになりました。こうして人々のそれまでの禁忌思想も少しずつ取り除かれ、肉食が日本人の間に少しずつ広まっていき、さらに戦後の食糧難、食の多様化を経て、肉食に対するタブーはほぼなくなったといえます。

 飼育した動物を食べることや内臓を食べることを好まない傾向はありますが、西欧で避けられているタコやナマコ、鯨を食べるなど、日本人の動物食はバラエティーに富んでいます。生物学的に食べられるものなら何でも食べるような、受け幅の広い食肉傾向や、西欧文化の流入で比較的簡単に肉食が受け入れられるようになったことから、日本人の動物食に対する思想はある意味実用的、融通無碍なものと考えられます。

  次回につづきます。

動物の見方あれこれ ~動物観とは何か~ 
第2回.現代日本人の動物観

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石田戢

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帝京科学大学生命環境学部
アニマルサイエンス学科教授

(いしだおさむ)

ヒトと動物の関係学会会長。1946年東京生まれ。
東京大学文学部卒業後、上野動物園、井の頭自然文化園園長、葛西臨海水族園園長、多摩動物公園飼育課長、同副園長などを経て、2007年より現職。

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