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イヌに教え、教えられ 第35回 「根気よく、気長に向き合う」その後

 

イヌに教え、教えられ

第35回
「根気よく、気長に向き合う」その後

2015年茨城県常総市で起きた水害の時、捕獲された体験から人を怖がるようになった元野良犬のペガ。
一緒に暮らし始めたMさんが近づくだけでも威嚇をしていたペガは、約1年トレーニングをした頃、散歩ができるようになりました。

《 前回の記事:第29回「根気よく気長に向き合う」》 https://goron.co/archives/2861

それから更に1年、共に暮らし2年が経ったペガとMさん家族をご紹介します。

*一緒に暮らし始めて1年で『日課となったペガとの散歩』

リードを短く持てば引っ張ることなく寄り添うように歩くペガは、とても散歩がしやすいと、話していました。
しかし、それから1ヶ月半が経つ頃、匂い嗅ぎで動かなかったり、行きたい方向へ引っ張るペガに合わせ歩くようになっていたMさん。
私は、そんなMさんとペガを「よし」としました。

なぜなら、ペガは、力強く引き続けることはなく、Mさんが転んでしまったり、疲れてしまうことはありませんでした。
自転車などが来た時、Mさんはペガをそばに寄せやり過ごすことができる、安全を確保した中での自由散歩ができていたのです。
人と歩くことが怖かったペガが、今では散歩が1番楽しい時間になり、散歩をしているペガとMさんは、とてもいい顔をしている。
私は、そのことを大事にしようと思ったのです。

*大好きになった散歩で『変化をしてゆくペガ』

散歩中、道すがら声を掛けられると固まり、怖くて後ろに引いてしまうペガ。
慣れない人の声は、優しく穏やかであっても、ペガにとっては「怖い」。
そこで、無理に他人に慣らそうとせず、まずはペガを意識しないようにして、人間同士で喋ってみてとアドバイスをしました。

ペガは、「何も求められない」ほうが、安心でき興味をもつこともできるはず。
ペガを意識せず喋っていると、いつしかペガ自ら近づき、相手のズボンをクンクンと嗅ぎ、隠れることなく、話が終わるのを伏せて待つようになってきたのです。
捕獲された頃とは、全く違うペガがそこには居ました。

*想像を超えた『2年目の嬉しすぎる変化』

一方、1年経った頃のペガを触ったり撫でることは、Mさんでもまだ難しかった。
将来的に、医療行為が必要な可能性もあります。
「触られること」が好きでなくても、「触られること」を受け入れられるようになることが必要です。
捕獲される前のペガは、人間に触られる・撫でられる経験が殆ど無かった可能性があります。ペガにとって、未知のことだから「怖い」のです。

そこで、次のステップは、ペガに「Mさんが触ること」は、怖いことではないと伝える。
「ペガが、Mさんに触られることを受け入れられる」ことにしました。

ペガが、好きなオヤツを手の平から食べている間。
ペガが、好きな散歩の準備をしている間。
ペガが、好きなことをしている間に「人の手で触れる」を毎回挟むようにして、「触れられる=楽しいこと・好きなことをしてもらえる」と関連づけて刷り込んでいくことにしました。

顎先、首元を触ることから始め、慣れてきたら触る部位を少し広げる・・・進めすぎると「ウ〜っ」と唸られることもあります。
ペガの表情のサインを観察しながら、少しづつ根気よく、気長に。
家族、仕事、忙しい毎日の中、無理はせずに進めていくMさん。

「触られる練習」を始めて半年以上経った頃、まだペガに大きな変化はない、そんな時でした。
庭の犬小屋では凌ぎきれない程の悪天候が何日も続き、Mさんはペガを玄関の中に寝させることにしました。
最初はおっかなびっくりしていたペガも、すぐに自分から玄関に入るようになり、玄関の中がペガの寝床になったのです。
水害で大変な目に遭ったペガが、悪天候がきっかけで室内で寝るようになるとは・・・。

以前、何度かMさん家族に「室内で一緒に暮らすことで、犬との関係が縮まることもありますよ」と提案したことがありました。
ただ、家族の意向やペガ自身が外生活に慣れていることから、庭での飼育スタイルを続けていたMさん。
私は、完全室内飼育への移行チャンスと思い「そろそろペガと室内で一緒に暮らしてもいいですよね」と提案したものの、Mさんからはっきりとしたお返事がなく、やっぱり難しいか・・と思っていました。
しかし、その2ヶ月後、伺うとなんとペガがリビングにいるじゃないですか!
秋になって、玄関前の扉を開けたままにしておくと寒いということで、いっそのことペガをリビングに入れちゃおうとなったそうです。そして、すぐにリビングがペガの定位置になったと。

さらに驚くことは、ペガを触り・撫でられるようになってきたと話すMさん。
一緒に横になっているとき、ふと気がつくとペガが自分の近くに寄って寝ていることもあるという。
いや、急にそこまではならないでしょうと半信半疑だった私を前に、
Mさんがペガの顔や体を触り、撫で始めました・・
そして、喜ぶわけではないけれど、唸らず・避けず・逃げずMさんの手を受け入れたかのように、重心を預けるペガ。
私の想像を超えた驚きの光景でした。

 

「ペガが後脚を伸ばして気持ち良さそうにしてる時もあるんです」
驚き喜ぶばかりの私に、嬉しそ~うに話すMさん。

ペガが、捕獲保護されて2年。
1年かけてペガと散歩できるようになり、そのあと1年をかけてペガを触り撫でられるようになった。
ここまで長かったですね~とMさんと笑い合いました。

根気よく、気長に続けてくれた、Mさんの愛情勝ちです。

イヌに教え、教えられ
第34回 親に教えることは難しい

イヌに教え、教えられ
第36回 トレーニング意識を持ち続ける

里見 潤

里見 潤

投稿者の記事一覧

(さとみ じゅん)

ドッグコーチ

1975年、横浜市生まれ。2004年、警察犬訓練校に入学、出張トレーニング会社を経て、保護活動団体「Dog shelter」の専属スタッフとして、保護犬のトレーニング、一時預かり家庭と里親家庭の間に入り、アフターフォローを担当する。
2012年7月より独立。出張、及び預託トレーニングを柱に活動する傍ら、保護犬の一時預かりを継続中。
 
日本警察犬協会公認訓練士
ジャパンケネルクラブ公認訓練士
東京都動物愛護推進員

 保護犬預かりを主に、トレーニングのことを書いている里見潤さんのブログ
 「イヌと歩けば。」http://setahachidog.blog.fc2.com

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